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中通島の東部、頭ヶ島を行く



●序文

2021年末~2022年始休み、長崎県の五島へサイクリングに出た。
初日12月29日は佐世保からフェリーで中通島へ渡り、同島の東部および頭ヶ島を走った。
上陸早々雨が降ったり、想定外のダート林道があったり、猪に追われたりと、
当初イメージしていた南国風情の海沿いを走るサイクリングとかけ離れていたが楽しめた。

●経路・行程概説



[諸表]

  • 経路総長:47km
  • 累積登坂:969m
  • 未舗装区間:3kmくらい?

[道路名称]

  • スタート:有川港フェリーターミナル
  • 県道62号~赤尾
  • 林道~丹那山展望所
  • 県道62号~頭ヶ島天主堂
  • 県道62&187号~有川フェリーターミナル
  • ゴール:有川

●行程記録

[船]フェリー”なみじ”で 佐世保~中通島:有川港へ

朝6時に佐世保駅前の宿を出発。
フェリーターミナルまでは1kmもないので、自転車は輪行袋に入れたまま歩いた。
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九州商船が運航する佐世保~有川間のフェリーは1日4便。
今回は始発8:00の船に乗船。2時間半ほどの船旅で有川に着く。

●有川港到着、スタートから雨

定刻通り10:35、有川港に到着。天気も予報通りの雨。
輪行袋から自転車を出し、雨具を着用して11時にサイクリング開始。
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五島列島サイクリングに選んだ得物はバイクフライデー。
700cロードには劣るが、自分の持つ自転車の中では最上位の快速性を持つ。

●とりあえず中通島の東へ向かう

今回は半ば突発的に”年末は五島へ行こう”と思い立って五島に来た。
特に目的を決めてなかったので、誰かから教わった”島を走るなら時計周り”に従い東に向かった。
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島を時計周りに走るのは道路を挟まずに海沿いの景色を楽しめるからだろう。
といっても、この原則は日本やイギリスのような左側通行の国でしか成り立たないな...


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黒崎園地展望所で休憩
フェリーターミナルを出てからここまで、アップダウンの連続ばかりで平坦が無い。

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小さな入り江に面した海水浴場。曇りでも海の色は南国のように明るい。


●海も良いけど山も気になる。林道赤尾線を行く

有川から海沿いを10kmほど走った先、赤尾地区に山方面に延びる道があったので入ってみた。
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無名の道かと思いきや、林道”赤尾線”の標識があった。
約11km林道、Google mapにも道の線があるから舗装されてるだろうと進んだ。

道は徐々に荒れていく

入り口までは綺麗な舗装だったが進むにつれてヒビ割れが目立ってきた。
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ブレーキアーチに落ち葉がモリモリ詰まる...
先日オーバーホールしてポリッシュリムで組みなおしてもらったホイールが早くも輝きを失う...

道の舗装は徐々に剥がれていく

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さらに進むと舗装はなくなりダートになった。


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ダートにしては踏み固まった極上の路面でグラベルバイクで飛ばしたら気持ちよさそう。
だが、今日は20インチのミニベロに28mm幅のスリックタイヤを装備。
乗る自転車を間違えたな...(選ぶ道を間違えたな)

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地面スレスレのリアディレーラーは落葉を巻き込み、泥除けには小石が絡んでタイヤが擦れる...
グラベルロードなら長いダートを望むが、ミニベロでダートなんぞ望んでいない...


丹那山展望所の道に合流、舗装復活

丹那山の手前で待ち望んだ舗装が復活した。
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ダートは3km程度だと思うが、ミニベロで進んだためか体感では10kmほどに感じた。
なるほど、日本にロングダートなど無いと嘆くならばミニベロを使うが良いだろう。


●風車並ぶ丹那山。展望台の下で雨宿り

ダート区間からつながる舗装路を一路、風車の並ぶ尾根筋にある展望台へ向かった。
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展望台には上がったが回れ右で下って雨宿り。
昼でもどんより暗い雨空。雨霧で覆われた展望台からの眺めは感動的ではなく絶望的だった。


●中通島の北東、頭ヶ島へ向かう

雨風厳しい展望地にいては身体が冷えるので、次なる目的地を頭ヶ島にして再出発。
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八幡神社@江之浜。
江之浜から県道62号に合流、北東にある頭ヶ島へ向かった。


●亀山海運の船、五島に沈む。坂本龍馬ゆかりの広場

頭ヶ島の手前に坂本龍馬ゆかりの地があった。
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案内板によると、
坂本龍馬がを興した海運業者の船(ワイル・エルフ号)がこの近くで転覆して全乗員が亡くなったという。
事故の報を聞いた坂本龍馬は現地に赴き、”撓天溺死各霊”と刻んだ慰霊碑の建碑を村民に託したとのこと。
幕末のベンチャー社長は従業員を大切にしていたんだなあ、と感心した。


●頭ヶ島へ渡る

龍馬ゆかりの地から更に北東に進み、橋を越えて頭ヶ島に向かった。
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頭ヶ島に入ると雨は小康状態になった。

●休航中の上五島空港@頭ヶ島

上五島エリアに唯一ある空港。
空港の周りであれば自販機や売店があるかと思ったが何もなかった。
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後ほど調べたところ、上五島空港は2006年から休業状態になっているらしい。
平地の乏しい上五島の山を切り開いて作られ、本土から30分でアクセスできるようになったが、
高速連絡船が就航すると飛行機のメリットが薄れて定期便は無くなったという。

●頭ヶ島天主堂を見物

休業中の空港の次は頭ヶ島天主堂に向かった。
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”世界遺産、長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺跡”とある。
明治初期、頭ヶ島は病人療養の島で人が寄り付かない島だったという。

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禁教令の下、定住者のいない頭ヶ島に潜伏キリシタンが移住。
頭ヶ島の開拓指導者は仏教徒らしいが、それを隠れ蓑にキリスト信仰をひそかに維持したらしい。

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禁教令が解除されると潜伏キリシタンはカトリック教会の信仰に復帰する。
キリストの禁教について自分が小学校で教わったときは”隠れキリシタン”という言葉だけだったが、
今は”潜伏キリシタン””隠れキリシタン”が使い分けられるようになったようだ。

潜伏キリシタン
・禁教令の下でもキリストの教義を維持する。
・禁教令廃止後にカトリックとして復帰する。
隠れキリシタン
・禁教令が長く続く間にキリスト教と民間信仰が習合する。
・禁教令廃止後もカトリックに改宗せず、独自の信仰を継承する。

※上記は現地案内板を見て、たぶんこんな感じだろうと思う自分の解釈です。

思えば自転車でもツーリングバイク、ランドナー、スポルティフとか言葉が色々ある。
自分も便宜上使うことはあるけど、自転車関係の言葉にとても厳格(面倒)な人には閉口する。
言葉による定義付けも必要ではあるが、それ以上に自転車をどう使うかに面白さがあるはず。


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頭ヶ島天主堂は大正8年(1919年)に竣工したカトリックの教会堂。


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教会内部の写真は撮れないので外観写真のみ。
教会堂の建設には頭ヶ島周辺の砂岩が使われている。
石材には詳しくないが、九州地方の石垣は概してカッチり整然としているように見える。

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境内には物騒な名前の石があった。キリシタン拷問五六石之塔とある。
江戸時代の拷問、石抱きに使う石材だろう。
現代人には正座すら拷問なのに、その上に石を載せるとはシンプルながら恐ろしい拷問だ...
I never understood all these elaborate tortures.
It's the simplest thing... to cause more pain than a man can possibly endure.
Le Chiffre


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空模様が不安になってきたので頭ヶ島天主堂を後にする。
200年以上続いたキリスト禁教令の下、拷問や命の危険にさらされながら信仰を維持する気概に感動した。

自分は実家の葬式が寺で執り行われる程度の仏教徒で特定の宗教に思い入れはない。
学生時代、今振り返ると怪しい宗教団体に勧誘を受けた時、長々と問答を繰り返し、
「君は宗教に向いていない...」と半ばあきれて言われたことがある。

だが、自分は宗教が作る歴史や文化は興味深いものだと思うし、
自分の考えと一致する宗教の教義は普段の行動を正す意味で有益だと考えている。
宗教に限らず己の信念や軸を通すのは自由だが、他の信念や軸に排他的になるのは避けるべきだろう。

●林道太田線?を経由して有川へ戻る

頭ヶ島天主堂を出発する直前、本降りの雨(洗礼)に見舞われた。
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来た道を引き返すのは面白くないので、県道62号の先に続く無名の道を選んだ。
全面舗装こそされているものの、狭隘かつ容赦ない雨とアップダウンの連続でペースはガタ落ち。

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交通量は車は一台も見なかったが、イノシシに6匹遭遇。
いずれも中型犬くらいのサイズだったが、背後から追い抜かれたときはさすがにビビった。

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碑が傾くころ、県道187号と合流した。その道端に草生す看板があった。
入り口側にはなかったと思うが、林道太田線を走っていたようだ。
その後は県道187号で有川に戻り、宿に入って初日終了。

宿は居酒屋を兼業しており、そこで出された芋焼酎があまりに美味かったため存分に飲んだ。
いつもの量+αくらいのつもりが一般的な焼酎より度数が高い高級品だったため翌日は完全レストになった。


●跋文

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五島サイクリング初日は中通島の東部と頭ヶ島を走った。
初っ端から雨のダート林道や延々続くリアス沿岸のアップダウンなど、厳しい洗礼を受けた。
フェリー到着時間の都合から、半日50km以下のサイクリングとなったが、
走りごたえのある道に加えて観光も楽しめたので満足。